[]夕顔

57be3285.JPG 夕顔は美しい花、ちょうど9月中旬から10月上旬にかけて花を咲かせる。ヒルガオ科の一つ、ヨルガオの別名。干瓢になる実らせるウリ科のユウガオとは別の植物である。



 朝顔のように花に色がない。花は大きく、独特の香りを放つ。繊細な花で下手にさわったりするとぽきりと折れてしまう。能の演目として「夕顔」はあるし、また、『源氏物語』五十四帖の巻の一つ、第四帖としてあまりにも有名。

 

 『源氏物語』の「夕顔」は、「常夏の女」として登場する。「常夏」とは「ナデシコ」の古名である。「夕顔」は三位中将の娘として生まれ、頭中将の妻(第二夫人)だった。その後、庶民が暮らす市井の世界で暮らした。本妻の嫉妬を嫌って姿を消したためである。主人公、光源氏の愛人となり互いに素性がわからないまま、幼い娘を残して若死にするという物語。与謝野晶子が現代的な文字に訳したこともある。

 

 不幸な人生を絵に描いたような悲劇的な最後は、佳人薄命として代名詞的な存在に。あっという間に萎んでしまう夕顔の花の印象を想起させるためか、その美しい花弁が可憐で朗らかな性格であった「夕顔」に重ねられ、光源氏は「夕顔」に入れ込んでしまい、彼女の死後も面影を追って未練を断ち切れなかった。物語の終盤には彼女の生んだ娘、玉鬘が登場する。

 

 町中を歩いていても朝顔は多いが、夕顔は少ない。朝顔のようにたくさんの花をつけてくれないし、夏の真っ盛りに花を咲かせず、秋になってから花をつけるためであろうか、ほとんど見かけない。苗や種、鉢植えとしても夕顔は花屋の店頭にも少ない。 



 私は種、100粒ほどをまとめ買いして夏の初めに一挙に植えていく。半分くらいは成長せず葉っぱをつけるだけで終わってしまうし、夏の炎天下にひからびてしまうものもある。わずかに1日、水やりを忘れただけで、アジアンタムと夕顔を同時に植えた「吉祥寺スペシャル」の鉢植えが枯れてしまったことがあり、悲しかった。



 今年はせっせと深夜になってもじょうろで水をやったりして努力したせいか、自分で植えた夕顔が花を咲かせてくれる季節がやってきた。もはや終盤戦だが、まだ、あとつぼみがいくつか残っており数日は咲いてくれそうである。



 吉祥寺北町1丁目、親戚のおじ・おばの店前に並べた鉢植えにも夕顔が咲き誇る。日曜祝日など店が休みの日でも帰りがけにシャッターが閉まった店先で忘れることなく一人寂しく水やりをしていたけなげな男こそ、何を隠そうこの私である。蚊に刺されたりと苦労はあったが、とてもきれいである。

 

 私のだめ男ぶりに呆れているのか、いつもは滅多に私を褒めたりしないおばさんが、夕顔がきれいだとしきりにおっしゃるのでそれなりに喜ばせられたのでは無かろうかと思っている。



 吉祥寺通り、駅から遠ざかって北へ向かう武蔵野第四小学校前バス停のところである。